万物の中に「時間」は含まれるか
今回は、万物は御子によって造られたことの深淵に迫ります。特に、万物の中に時間は含まれるのか?
という非常に重要な問いが存在します。
この奥深さに触れたとき、私は主の臨在にすっぽりと覆われてしまいました。その偉大さについて、今までどの学びからも、インターネットに存在する情報からも、これ以上のものを得たことは今までありませんでした。
では、一緒にその内容を見てみましょう。
Q: 新世界訳コロサイ1:15では、「彼は全創造物の初子」とあります。創造物と訳することはギリシャ語の原文と合致しますか?
A: ChatGPT:
新世界訳の「彼は全創造物の初子」と訳すことについて、ギリシャ語の原文と照らし合わせると、いくつかの重要な点で議論があります。
1. 原文のギリシャ語
コロサイ1:15のギリシャ語原文は次のとおりです:
ὅς ἐστιν εἰκὼν τοῦ Θεοῦ τοῦ ἀοράτου, πρωτότοκος πάσης κτίσεως
(hos estin eikōn tou Theou tou aoratou, prōtotokos pasēs ktiseōs)
- πρωτότοκος (prōtotokos)
- 直訳すると「長子」または「最初に生まれた者」という意味ですが、必ずしも時間的順序を指すのではなく、地位や優越性を示す場合もあります(例: 詩篇89:27「地上の王たちの中で最も高い者としての長子」)。
- πάσης κτίσεως (pasēs ktiseōs)
- 「全創造物」または「すべての被造物」という意味。ただし、文法的に「属格」が用いられており、解釈が分かれるポイントです。
2. 属格の解釈
ギリシャ語の属格(「πάσης κτίσεως」)には、2つの主要な解釈があります:
- 包括的属格(partitive genitive)
- これは「全創造物の中の一部」と解釈するもので、新世界訳はこの立場に基づいて「全創造物の初子」と訳しています。これにより、キリストを被造物の一部と見なす可能性が生じます。
- 主権属格(genitive of subordination)
- これは「全創造物に対する主権」を示すもので、キリストが創造物に対して至高の地位を持つことを意味します。この場合、キリストは被造物の中の一部ではなく、それを超越した存在として解釈されます。
文脈的には後者(主権属格)の解釈が支持されることが多く、続く16節で「万物は彼によって創造された」と述べられていることからも、キリストが被造物そのものではなく、創造主として描かれています。
3. 「創造物」と訳すことの妥当性
新世界訳の「全創造物の初子」という訳は、時間的順序に焦点を当てる解釈(包括的属格)に基づいています。しかし、ギリシャ語の文脈や聖書全体の教えからすると、この解釈にはいくつかの問題があります:
- 文脈に合わない
- コロサイ1:16-17では、キリストが「万物の創造主」であり「すべてのものが彼によって存在する」と明記されています。この文脈では、キリストが被造物の一部であるとする解釈は矛盾します。
- 初期教会の理解
- 初期教会の神学者たちは「πρωτότοκος」を地位的な優越性を表すものとして解釈しており、キリストを被造物と見なすことはありませんでした。
4. 結論
ギリシャ語原文に基づくと、「彼は全創造物の初子」と訳すことは可能ではあるものの、文脈や神学的理解を考慮すると適切とは言えません。むしろ、「彼はすべての被造物に優る長子」「全創造物に対する主権者」といった解釈がより正確であり、コロサイ1:16-17の文脈とも一致します。
もし新世界訳のこの解釈について深く考える場合、文脈全体や他の関連聖句(例: ヨハネ1:1-3、ヘブル1:2-3)を参照することが有益です。
Q:あなた:コロサイ1:16の万物の中に「時間」も含まれますか?
A:ChatGPT
はい、コロサイ1:16で述べられている「万物」(ギリシャ語: τὰ πάντα, ta panta)には、「時間」も含まれると解釈されます。以下にその理由を説明します。
1. コロサイ1:16の内容
「万物は、天にあるものも地にあるものも、見えるものも見えないものも、王座であれ、主権であれ、支配であれ、権威であれ、すべて御子によって造られ、御子のために造られたのです。」
この節では、以下のポイントが明確です:
- 「万物」 には、「見えるもの」と「見えないもの」の両方が含まれる。
- 「天にあるもの」「地にあるもの」という包括的な表現が使われており、物質的なものだけでなく霊的な領域も含まれている。
「見えないもの」の中には、抽象的な概念や宇宙の秩序を維持する法則(例: 時間、空間、重力など)も含まれると考えられます。
2. 時間の創造についての聖書的根拠
聖書全体を見ると、時間も神の創造の一部であることが示唆されています。
- 創世記1:1
「初めに、神は天と地を創造された。」
- この「初めに」という言葉自体が時間の始まりを意味します。時間が存在しない状態では「初め」という概念も成り立たないため、時間は創造の一部と考えられます。
- 詩篇90:2
「山が生まれる前から、地と世界をあなたが造られる前から、とこしえからとこしえまで、あなたは神です。」
- 神は永遠の存在であり、時間を超越していると示されています。これに対し、被造物である宇宙や万物は、時間の中に存在しています。
- ヘブル1:2
「御子によって、神は世界を造られました。」
- ここでの「世界」(ギリシャ語: αἰῶνας, aiōnas)は「時代」「時空」も意味する言葉であり、時間の流れも含まれると解釈されます。
3. 神学的な見解
神学的には、時間は被造物の一部であり、キリスト(御子)がそれを創造したとされています。
- 神は時間の外に存在する永遠の存在ですが、時間は被造物として宇宙とともに創造されました。
- コロサイ1:16で「万物」が言及されている際、その中には時間や空間、自然法則など、宇宙の根本的な構造も含まれていると考えられます。
4. 科学的視点との整合性
現代科学(特にアインシュタインの相対性理論)では、時間と空間は密接に関連し、宇宙の構造に組み込まれたものとされています。この見解と聖書の記述を照らし合わせると、時間が神の創造の一部であるという解釈は非常に自然です。
結論
コロサイ1:16の「万物」には、「時間」も含まれると解釈するのが妥当です。御子であるキリストは、物質的な存在だけでなく、時間や空間を含む全宇宙の創造主であり、すべては「御子によって」かつ「御子のために」存在しているとされています。
Q:あなた:新世界訳コロサイ1:16では、「「[他の]すべてのものは彼を通して創造されている」と訳されています。 他のと付け加えることはギリシャ語の言語に対して補足として挿入することは可能ですか
A:ChatGPT
新世界訳がコロサイ1:16で「[他の]すべてのもの」という言葉を加えて訳している点について、ギリシャ語原文に基づく正確性を考えると、これには大きな議論があります。ギリシャ語原文を直接確認し、その翻訳における「[他の]」の挿入が言語的・文脈的に妥当かどうかを以下で詳しく見ていきます。
1. ギリシャ語原文
コロサイ1:16のギリシャ語原文は以下の通りです:
ὅτι ἐν αὐτῷ ἐκτίσθη τὰ πάντα, τὰ ἐν τοῖς οὐρανοῖς καὶ τὰ ἐπὶ τῆς γῆς, τὰ ὁρατὰ καὶ τὰ ἀόρατα, εἴτε θρόνοι εἴτε κυριότητες εἴτε ἀρχαὶ εἴτε ἐξουσίαι· τὰ πάντα διʼ αὐτοῦ καὶ εἰς αὐτὸν ἔκτισται.
これを直訳すると:
「万物は彼によって創造された。天にあるものも地にあるものも、見えるものも見えないものも、王座であれ、主権であれ、支配であれ、権威であれ、万物は彼によって、そして彼のために創造された。」
重要なポイント:
- τὰ πάντα(タ・パンタ):これは「万物」「すべてのもの」という意味で、ギリシャ語の標準的な表現です。
- 原文には「他の」を意味する単語(ギリシャ語で ἄλλα や ἕτερα)は含まれていません。
2. 「他の」を挿入する根拠
新世界訳が「[他の]」という語を挿入する理由は、エホバの証人の神学的立場によるものと考えられます。この立場では、キリスト(御子)を被造物の一部と見なし、キリストが「最初に造られた存在」として「他の被造物」を創造したと解釈しています。この神学的前提に基づき、「他の」という言葉を補足として挿入しているのです。
しかし、ギリシャ語の文法および文脈を見ても、「他の」という補足を正当化する言語的根拠はありません。
3. ギリシャ語における補足の挿入の可能性
ギリシャ語では、明確に「他の」という意味を表すには、以下の単語が必要です:
- ἄλλος(allos):他の、別の
- ἕτερος(heteros):別種の、異なる
コロサイ1:16の原文には、これらの単語がまったく含まれていません。そのため、「他の」という補足を挿入することは、ギリシャ語原文そのものに基づく翻訳ではなく、解釈的な付加であると言えます。
4. 文脈と神学的整合性
コロサイ1:16-17全体の文脈を考えると、「他の」を挿入することは、パウロの意図やキリスト論に反する可能性があります。
- コロサイ1:16-17では、「万物は御子によって造られ、御子のために造られた」と述べられており、御子が被造物ではなく、創造主として描かれています。
- パウロの他の書簡(例: ヨハネ1:1-3やヘブル1:2)とも一致しており、キリストが「被造物の一部」であることを示唆する文脈はありません。
5. 翻訳の原則に基づく問題点
聖書翻訳の原則として、訳文には原文の意味を正確に反映することが求められます。以下の点で「[他の]」の挿入は問題視されます:
- 文法的根拠の欠如
- 原文に「他の」を示す単語が存在しない以上、これは訳者の解釈が挿入されたものです。
- 読者への誤解を与える可能性
- 「他の」を挿入することで、原文が意図していない神学的意味を読者に伝える危険があります。
- 歴史的翻訳との不一致
- 主要な聖書翻訳(例: 新改訳、口語訳、英語のKJVやESVなど)では「他の」は挿入されておらず、「万物」とのみ訳されています。
6. 結論
ギリシャ語原文には「他の」という単語や概念が含まれていないため、新世界訳が「[他の]」を挿入することは、言語的根拠に欠けています。この挿入は、特定の神学的立場を支持するためのものであり、原文そのものに忠実ではないと言えます。
キリストが創造主であり、全宇宙を創造したとする文脈(コロサイ1:16-17やヨハネ1:3など)を考慮すると、「他の」を挿入せずに「すべてのもの」と訳すことが原文の意図により忠実であると結論づけられます。
4o
Q:あなた もし、時間が創造された後にキリストが創造された存在だとするなら、新世界訳の「他の」の中に時間が含まれていないことになり、その翻訳の内容とも合致するものとならないのではないでしょうか。
A:ChatGPT
非常に鋭い指摘です。もし**「時間」も創造された被造物の一部**であると認めた場合、新世界訳のように「[他の]すべてのもの」と訳すことは、その神学的解釈と矛盾する可能性が出てきます。以下で、この矛盾の理由を説明します。
1. 「時間」が創造物の一部であるなら
時間は、宇宙の始まりとともに創造されたものとして聖書的・科学的に理解されています(創世記1:1参照)。これに基づくと:
- 時間そのものも「万物」の一部であり、コロサイ1:16の「万物」(τὰ πάντα, ta panta)に含まれると解釈するのが妥当です。
- 従って、「万物は御子によって創造された」という文脈の中では、時間も御子の創造によるものと理解されるべきです。
しかし、新世界訳が「[他の]すべてのもの」と訳すことで、御子を「万物の中に含まれる被造物」と見なす場合、次の矛盾が生じます:
- 御子が時間の中に存在している被造物であるなら、時間が創造される以前には御子は存在しないことになる。
- それでは、時間という被造物を誰が創造したのか?御子が被造物ならば、自ら時間を創造することはできないため、論理が破綻します。
2. 新世界訳の「他の」が時間を含まない矛盾
新世界訳が「[他の]すべてのもの」と訳す背景には、「御子が神に次いで最初に創造された存在であり、それ以外の被造物を創造した」という神学的立場があります。
- しかし、この解釈に基づく場合、「他のもの」とは御子以外のすべての被造物を指します。
- もし時間も「他のもの」の中に含まれるとしたら、御子は時間が創造される前に存在しなければならず、それは「被造物である御子」という新世界訳の立場と矛盾します。
具体的には:
- 時間が「他のもの」に含まれない場合、御子は時間を創造することができません(時間より後に創造された存在だから)。
- 時間が「他のもの」に含まれる場合、御子が時間を創造するためには、被造物ではなく永遠の存在でなければならないことになります。
このように、新世界訳が「他の」と訳した場合、時間という被造物をどのように扱うか明確に説明できない矛盾が生じます。
3. 伝統的な翻訳と神学の整合性
伝統的な翻訳では「他の」という語を挿入せず、「万物」と訳しています。この解釈では、御子は「被造物の一部」ではなく「創造主」であると理解され、次のように論理が一貫します:
- 時間も含めた万物は、御子によって創造された(コロサイ1:16)。
- 御子は永遠の存在であり、時間を超越しているため、時間の創造主であることが可能である(詩篇90:2、ヨハネ1:1-3、ヘブル1:2)。
- これにより、御子の存在は時間の中に制限されず、「初め」以前から存在している永遠の存在と見なされる。
4. 新世界訳の立場の説明不足
新世界訳の「[他の]」という挿入は、神学的意図による補足でありながら、以下の問題を解決できていません:
- 時間という被造物が「他のもの」に含まれるかどうかについての説明がない。
- 御子が時間より後に創造された存在であるとするなら、「時間を創造した存在」が不明確になります。
5. 結論
新世界訳が「[他の]」という語を挿入する場合、時間をどう位置付けるのかが明確にされていないため、翻訳の内容とその神学的立場の間に矛盾が生じます。一方、伝統的な翻訳では「万物は御子によって創造された」とし、時間もその中に含めることで、御子が時間の創造主であることを示しています。
そのため、ギリシャ語原文や文脈に基づく正確な理解としては、「他の」という語を挿入せずに「万物」と訳す方が、一貫性のある解釈を提供します。